タカコおばさんの昔々の…フランス(ドイツ)だより
第37便(1972年3月20日)
ハンブルグ市内見学
ハンブルグは日本で言えば丁度大阪に当たると知人に説明されて
そう想像して居たら…予想外にモダンで町並みも整然として居り、
エレガントな感じさえする大都市でした。都市の中央部にある
湖には何十艘ものカラフルな豪華なヨットが繋留されて有り
富裕層の多い事を想像させます。エルベ河を水源とする豊かな湖…
大小二つのアルスター(Alster)は間に橋を挟んで横たわり、
白鳥の群れを浮かべ…夜には街のネオンを映して美しい。
大都市の中心部に在っても夏にはそこで市民が水泳を楽しめる程
水が綺麗だと言うのがハンブルグ市民の自慢の種なのだとか…。
大阪の道頓堀や那覇市のガーブ川を思うと其の差は歴然…パリ市の
中心部を流れるセーヌ河も水道水に利用されて居ると聞きましたが
汚水浄化の技術は先進国と呼ばれるだけにドイツもフランスも
最先端を行っているのでしょう。
ところで…パリ市はセーヌ河の中洲、シテ島をパリ一区として
螺旋状に発展し、区の数字の桁数の多いのが後に出来た新しい区
なのだそうで実に分かり易い都市構造に成って居ます。其の全容が
ほぼ円形に仕上がって居るパリ市の其の郊外には中心部からおよそ
等間隔の位置にゴミ処理施設が設置され、塵やゴミを焼却する際に
発生する熱を熱湯に替えて中心部に送り込みビル群のセントラル
匕ーティングや市民のシャワー水等に利用されて居ると聞きました。
水道水と同様に其の熱湯を市民は市から買う訳で…ホワイエのあの
館長さんの口癖「Il faut ekonomiser !(節約)!」の意も「成る程」
と、理解出来ると言うものです。
此の汚水浄化やゴミ処理の方法は合理性を優先する知性から生れる
素晴らしいシステムだと納得が往きます。
何処を拝見してもその最先端を行くような構造に感激した私が
余りに「モダンだ、モダンだ。」を連発するので…案内係の
ヴィゼ氏は少々気を悪くしてしまい…「そりゃ、パリの方が
しっとりして居て良いだろうともサ。ドイツはね第二次世界大戦で
壊滅的にやられたからなんだ。古典的な美しい建造物は残らず
破壊されてしまったんだ。」と言う。私はそう言うつもりでモダン
と言ったのでは無い事を慌てて説明する破目に成りました。
それにしても戦争は何て愚かなのでしょう。夫々の時代時代に
生真面目に生きた善男善女の心血を注いで造り上げた美しい文化
遺産を後世に伝える事なく根刮ぎ破壊してしまう…。今のベトナムや
沖縄の置かれている不安定で不自然な状況を思う時、「人間の叡知」
はどのように働かされるべきなのかを考えずには居られません。
戦後の復興事業の中で道路は歩道と自転車用道路も整備され、本格的な
車社会に対応する道幅の広い車道やアウトバーンと呼ばれる制限速度なし
の高速道路など世界に先懸けて未来社会を予想させる都市の構築に力を
注いで居るように見受けられました。時差通勤制度も導入されて居るので
ラッシュアワーもそれ程込まないのだそうです。此の様に記述して来ると
自然は如何なのだろう…と疑問を覚えずには居られなくなるかも知れ
ませんが…シュバルツバルト(黒い森)を誇るドイツ…至る所に美しい
自然が見られ鳥類の多い事にも驚かされます。カモメの群れ飛ぶ巨大な
ハーバーはハンブルグ髄一の名所というだけに其の壮大で活力に溢れる
眺めには圧倒されました。
エルベ河の岸辺に降りると…映画ヒッチコックの「鳥」で観たような
カモメ、カモメ、鴨、鴨、白鳥だらけで足の踏み場も無い程でした。
人間を怖がる様子もなく…私の傍に寄って来るオオハクチョウは何と
私の背丈程も有り、御尻をフリフリゆったりと歩く様はユーモラスで
優雅で…何とも可愛らしかった事でした。
ヴィゼ家の広い裏庭は池と樹木に囲まれた公園に面して有り、野生の
美しい雉や可愛い野ウサギが時々迷い込んで来ます。
ヴィゼ氏は幼少の頃、其の公園の大きな池で手製の筏を浮かべて遊んだ
のだそうです。私が案内された時には色鮮やかな美しいオシドリの群れが
池を泳ぎ回って居たのが印象に残りました。
さて、お次は美術館見学…そう言えば、ハンブルグ駅の通りの近くに
仏現代彫刻の先駆マイヨールの作品(堕天使?)が街を飾って居たのが
印象に有りましたが…ルーブル美術館の庭にもマイヨールの作品が数点
展示されて居ましたっけ…現代彫刻なのに古代彫刻のような大らかさが
観る人を癒して呉れて居るようでした。
ハンブルグではクリスマスシーズンと言う事も有ってか…豪華な
毛皮のコートを着た人々が多く、美術館の入り口を入るとコートを
預ける事を余儀なくされました。パリではその習慣はなかったので…
少し驚きましたが、館内は暖房が効いて暑い程でしたから預けた方が
良かったのでしょう。レストランにもコートを懸ける場所が必ず有る
のが印象的でしたし、ヴィゼ家住宅の玄関も二重扉に成って居て
内と外を仕切る玄間部屋空間の有る事が南国育ちの私には
寒い北欧の生活習慣として物珍しく感じられたものです。
美術館の収蔵コレクションは素晴らしく…特にドイツの作家の作品の
精緻な仕事ぶりは飽く無き探求を目指す科学者か若しくは職人技の
極地の様で溜め息を憑いてしまう程厳しいお国柄なのだなア…と
感じた事でした。
南仏セギュレのアトリエのディレクター・ラングレ氏がハンブルグで
作品展を開催する予定らしいと言う件はヴィゼ氏から聞いて居ましたが
どうやら其れが実現したらしく…アインスビュッテルEinsbuttel に在る
ハンブルグハウスHamburg Haus でアトリエ・ド・セギュレ展が開催
されて居ました。作品数は二百点…油絵、版画等二十カ国余りの
アーチスト達の作品が並び、展示期間は一ヶ月間にわたる予想外に
盛大な展覧会と成って居ました。思いがけず巡り会った自分の作品を
前にして嬉しさと気恥ずかしさと共に…ドイツの美術愛好家に作品を
観て頂ける幸運に感謝し、エコール・デ・ボーザールに合格した幸運と
合わせ、白鳥の様に大空を舞う夢を実現すべく頑張ろう!と心に誓った
事でした。